BSの番組で辻井伸行さんの生い立ちからコンテストへの挑戦の記録を見た。
「奇跡の~」とか「天才~」という言葉を軽々しく使うことには普段から抵抗がある自分だが、生まれながらにして盲目のピアニスト辻井伸行さんは、人が譜面や音符を通して得る情報よりもはるかに多くのものを感じ取り、そして自分のものにしているように思えてならない。

視力に限らず、何かハンディキャップを持っている人間はそれを補うような能力を持っていることも多いそうだ。
ただここで言うハンディはもっと小さなレベルの、例えば数字が苦手、コミュニケーションが苦手、という性分的なものも含まれるんではないかと思う。
問題は苦手な反面、得意とする何かを上手く見つけられるか。だ。
そう思うとわが子にはたくさんのチャンスを与えてあげて、才能を見出せれば・・・なんて思ってしまう。親○○だ。
親の大きな期待に応えなければならない子供と言うのも、いろんな時代を通じて不幸の象徴のように比喩される。
そんなことまでは思っていないんだけれど。

でも辻井伸行さん。他の人のように譜面を見たり指先を気にしたりする必要がない分、演奏に集中して感情をこめられるのかも知れません。<マスター>という言葉の深さを今一度思い知らされます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です