今月発売のギター誌にタク サカシタさんの追悼記事が載っていたのをとても興味深く、そしてひどく無念な気持ちで拝読しました。

彼の創ったギターはどれをとってもため息が出る程美しく、その美しさと同じくらい素晴らしい音色を持ち、その上プレイヤビリティにも優れとても弾きやすく音楽の創作にはこれ以上無いというものばかりでした。一度弾き始めたら止まらない、ギターが演奏家をインスパイアするのです。僕が理想とするギターもまさにその様なもので、そんなものを具現化できる人は僕の知っている限り地上に10人といないでしょう。彼ほど一心にギター製作に打ち込み、周りの人に大きな影響を与えた人に、こんな最後が訪れようとは、全く、誰も、思っても見なかったでしょう。

彼と会ったのは1990年代の始め、T’s Guitarsが始まってまだ間もない頃に彼が訪ねてくれたのが一番最初だったのですが、当時は後年活躍するサカシタギターを正直想像もしませんでしたし、正直T’sを訪れた彼にそれほど大きな印象はありませんでした。その次に会ったのはそれからずいぶん後、2000年のとあるイベントでした。そこで意気投合して一緒に仕事をしようと話が弾み、忘れもしない2001年の5月に彼のソノマの仕事場を訪れる機会を得ました。

2週間に渡って行動を共にし、仕事場では彼のギター造りのこだわりに触れる事が出来ましたし、大陸を横断したところのニューヨークでの展示会でも彼の意気込みや方向性、全米から集まった指折りのビルダーたちとの太いリレイションを確認する事ができ、その2週間は僕の人生の中でも特に意味合いの深いものになりました。

一緒にいる間絶えず僕のことを気にする彼の人となり、気配りの細やかさは実のところ意外にも思えるほどで、それがギターにも現れているとも感じました。また同時に彼がギターに注ぎ込んだのは、完璧なまでの彼の理想です。1点の曇りも許さない、一番でありたい、アメリカという世界で認められたい彼の夢の理想形です。2001年のAmerican Lutherie magazineに載せられた彼を取り上げた記事に「彼は数少ない、デザイナーズ・アイを持つ製作家だ」という言葉がありました。まさに、まさにそれは彼を正当に表した言葉だと今も思っています。いたずらにスペックの凝ったギター、高価で希少価値の高い素材を使ったギター、ビンテイジを再現したギターは世の中に星の数ほどありますけれど、異常なまでに「質」にこだわりオリジナリティを追求し見るものを圧倒させ、その上その見てくれに負けない「本質」と「思い入れ」がある、さらにはそのギターが出来上がるまでの労力というものを微塵も感じさせないサラッとしたスマートさカッコよさ。そんなギターはそうざらにはないはずです。

そういえば展示会の合間に彼と一緒に見上げた貿易センタービルはその9月に崩れて灰塵に帰してしまいました。それから9年後・・・。「なぜ?」という気持ちは後から後から沸いて来るのですが、答えが出る訳もありません。

残された僕らは、自分の出来る限りのことを生きている間にしてゆこうと。それだけは間違いなく心に刻んでいます。

本当にご苦労様でした。あなたは本当に誰よりもよくがんばった。どうか安らかに眠ってください。


写真:高橋謙次

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